HAPSとは?成層圏を飛ぶ無人航空通信プラットフォーム

2025.05.29

HAPS(成層圏通信プラットフォーム)とは、高度約20kmの成層圏で無人航空機を飛行させ、広範囲に通信サービスを提供する新しい通信技術です。HAPSは「ドローンより高く長く飛べる」長所を活かして、広範囲の通信エリアをカバーできる能力と、柔軟な運用性を兼ね備えています。

※本記事の画像はすべてイメージ画像です。実際の機体の形状とは異なります。

次世代の通信インフラとして注目される「HAPS(成層圏通信プラットフォーム)」をご存じでしょうか。HAPSは、高度約20kmの成層圏に長期間滞空し、通信ネットワークの一部として機能する無人航空機や気球型プラットフォームなどを指します。

HAPSの最大のメリットは、地上インフラに依存せず、広範囲に通信エリアを拡張できる点にあります。地上の基地局ではカバーが難しい山間部や離島、さらには海上や災害時でも、安定した無線通信の提供が可能です。

HAPSは「ドローンより高く長く飛べる」という長所を活かして、広範囲の通信エリアをカバーできる能力と、地上インフラに依存しない柔軟な運用性に優れています。地上基地局よりはるかに広いエリアを1機でカバーでき、通信衛星よりも地表に近いため、通信遅延が少なく、リアルタイム性に優れたデータ通信を可能にします。

さらに、既存の4G/5Gネットワークと互換性があり、スマートフォンやIoTデバイスと直接接続できるため、専用端末を必要としないのも特長の一つです。 HAPSは、災害時の通信確保を目指す自治体や防災担当者、IoT・ドローンテクノロジーに関心を持つ技術者、そしてモバイル通信を日常的に利用する私達すべてにとって、革新的な可能性を秘めています。本記事では、そんなHAPSの仕組みや特徴、メリットをわかりやすく解説します。

HAPSとは?高高度の無人航空機を使った新しい通信インフラ

HAPS(High Altitude Platform Station:成層圏通信プラットフォーム)とは、高度約20kmの成層圏で無人航空機を飛行させ、広範囲に通信サービスを提供する新しい通信技術です。翼を広げた無人機がソーラーパネルや燃料電池からエネルギーを供給されながら飛行し、4Gや5Gの基地局機能を上空から提供します。

太陽光発電によるエネルギー補給が可能なため、一度上昇すれば数週間から数カ月間にわたり飛行し続けられます。現在、NTTドコモなどがHAPSの実用化に向けて開発を進めており、2026年の商用化を目指しています。HAPSにはモバイル回線と同じ4G/5Gの基地局が搭載され、私達にとって身近なスマートフォンの通信にも利用可能です。

なぜ成層圏なのか?HAPS運用に適した環境条件

成層圏の特徴とHAPS運用に適している理由

HAPSは、上空約20kmの成層圏で運用されます。この高度には以下のような特長があり、HAPSの運用に理想的な条件がそろっています。

  • 風が穏やかで安定飛行できる
  • 雲よりも高い位置にあって天候の影響が少ない
  • 空気密度が低くて空気抵抗が少ない
  • 揚力と空気抵抗のバランスが良い

風が穏やかで安定飛行できる

成層圏は年間を通して気流が安定しており、機体の長時間飛行に適しています。

雲よりも高い位置にあって天候の影響が少ない

高度20kmは雲よりも上に位置するため、太陽光を安定して受けられ、ソーラーパネルによる発電効率が高くなります。

※高緯度地域では冬季になると日照時間が大幅に短くなるため、太陽光発電のみに依存する飛行は安定した運用が困難です。

空気密度が低くて空気抵抗が少ない

高度20kmの成層圏では空気密度が地上の約1/20と低く、空気抵抗が少ないためエネルギー消費を抑えつつ飛行可能です。言い換えると、「大気全体の95%が高度20kmまでの大気中に存在している」ということです。(高度20kmの気圧:約70hPa)

揚力と空気抵抗のバランスが良い

高度20km付近は空気抵抗と揚力のバランスが良く、飛行効率に優れた理想的な環境といえます。高度20kmでは空気密度がまだ十分にあるため、安定した揚力を確保できるからです。高度20km以上になってくると空気密度が極端に低下してくるため、飛行するのに必要な揚力を十分に得られなくなってしまうのです。

HAPSはこれらの条件がそろい、安定した「成層圏」の環境を利用して空を飛ぶ通信プラットフォームを形成しています。

マイナス50℃の過酷な環境で飛行
成層圏の気温はマイナス50℃前後。過酷な環境に対応するため、HAPSは断熱性能や耐久性を備えています。

HAPSの主なメリットと特徴

このセクションでは、HAPSが持つ具体的なメリットと、その特徴について詳しく解説します。HAPSは地上基地局と衛星通信の中間的な存在として、既存の通信インフラを補完・拡張する役割を担っており、特に通信環境が整備されていない地域や災害時のバックアップ手段として注目されています。

HAPSの最大の特徴は、広範囲の通信エリアをカバーできる能力と、地上インフラに依存しない柔軟な運用性にあります。さらに、衛星と比較して高度が低いため、通信遅延が小さく、リアルタイム性が求められるアプリケーションにも対応できます。

HAPSには4G/5Gの基地局が搭載され、既存のスマートフォンやIoTデバイスと直接接続でき、専用端末を必要としない点も大きな利点です。専用端末を必要とする衛星通信とは違い、ユーザーが普段使っているデバイスでそのまま通信可能です。

1機で広範囲の通信エリアをカバーできる

従来の地上基地局がカバーできる通信エリアは、1台あたり半径数km〜数十kmの範囲に限定されていましたが、HAPSは1機で半径約100km、直径200kmをカバーできます。HAPSを活用すれば、山岳地帯・離島だけでなく、海上や途上国など、通信インフラを整備しにくい地域にも電波を届けられます。

このように、HAPSは地上基地局の通信ネットワークを拡張し、強化します。また、災害発生時に地上設備が損壊しても、HAPSで通信サービスを一時的に確保できます。

衛星より高度が低く通信遅延が少ない

衛星通信はもっと広範囲に電波を届けられますが、高度36,000kmのGEOや高度200〜2,000kmのLEOではどうしても通信遅延が発生してしまいます。このような通信衛星に比べ、HAPSは地上から約20kmと比較的近いため、「通信遅延が少ない」という大きな利点があります。この低遅延性により、スマートフォンでのリアルタイム通信や高速データ通信にも適しています。

【用語解説】
GEO(静止軌道):地球の赤道上空(高度:約36,000km)を回る衛星軌道のことで、気象衛星や衛星放送などに利用される。地球の自転と同じ周期で回るため、地上から見るとほぼ同じ位置に静止して見える
LEO(低軌道):地球を高度約2,000km以下で周回する人工衛星の軌道で、地球観測やStarlinkなどの衛星通信として活用される。

着陸させてメンテナンスできる柔軟な運用性

HAPSは人工衛星よりはるかに運用しやすいのも優れた特性です。人工衛星とは異なり、HAPSは着陸させて保守管理できます。定期的に地上へ戻して検査・修理・メンテナンスできるため、通信装置のアップデートや不具合対応を柔軟に行えます。

Airbus社の子会社:AALTO社が開発した「Zephyr」は、2022年に64日間の連続無人飛行を達成しました。2025年2月には、世界で初めてスマートフォンからHAPSを経由してデータ通信(LTE)の実証実験に成功しています。全幅約25メートルの航空機は、100%ソーラー発電によって駆動。NTTドコモは、この機体に通信装置を搭載させて実用化へ向けた取り組みを進めています。

参考情報:HAPSの早期商用化を目指してNTTドコモがAALTOと資本業務提携|AALTO社製「Zephyr」が64日間連続無人飛行を達成|NTTドコモhttps://www.docomo.ne.jp/info/news_release/2024/06/03_01.html

世界初!スマホからHAPSを経由してデータ通信の実証実験に成功 | NTTドコモhttps://www.docomo.ne.jp/info/news_release/2025/03/03_00.html

HAPSの実用化によって期待される6つのユースケース

HAPSは、基地局の設置が困難な地域もカバーできるため、さまざまな分野での活用が期待されています。とはいえ、商用化には採算が取れるかどうかも重要なポイントです。

このセクションでは、HAPSの主なユースケースをご紹介しますが、ここで紹介するのはほんの一例にすぎません。HAPSは、5G/6Gの時代に向けて、空・陸・海すべての領域で通信インフラを拡張し、これまで想像できなかった新たなサービスの開発を促す可能性を秘めています。

1.携帯通信エリアの拡大

HAPSの導入により、山間部や離島といった通信環境の整備が難しかった地域でもスマートフォンの利用ができるようになり、携帯通信エリアが拡大します。地上基地局と同じ4G/5Gの電波帯域を利用するため、登山でも特別な機器を必要とせず、既存のスマートフォンで通信可能です。

また、インフラが整備されていない発展途上国への通信サービス提供手段としても注目されています。

2.IoTネットワークの拡張

HAPSはIoTとの親和性が高く、地上からの通信が届きにくい地域にも電波を安定して届けられるため、農業用センサー・海洋ブイ・山林監視装置など、遠隔地のIoTデバイスを常時オンラインに保てます。これにより、以下のような分野での活用が期待されます。

・交通インフラ:橋や道路の振動・温度・凍結などの監視
・産業・工場:異常検知や設備の遠隔監視
・農業:スマート農業の実現(気温・土壌のモニタリング、成長状況の遠隔管理)
・林業支援:山間部の気象モニタリング・火災の早期検知
・海洋観測:海流・波高・塩分濃度・気象データの収集、津波などの災害監視

広範囲にわたるIoT接続の実現によって、より高度な監視・データ収集を行えるようになるでしょう。IoT機器の通信を担うLTEモジュールについては下記の記事をご覧ください。

関連記事:LTEモジュールとは?IoT機器の通信を担う技術と6つのメリット
https://his-mobile.com/column/business-column/lte-module

3.ドローンと連携した広域監視支援

ドローンによる建設現場での測量・インフラ点検・物流などのサービスが拡大する中、HAPSはその上空通信インフラとしてドローンビジネスを支援します。

これまで4G/5Gでは届かなかったエリアでも、HAPSによって通信が可能になれば、山間部や僻地でのドローンの遠隔操作が現実になります。人手不足対策や危険作業の自動化にもつながるでしょう。不審船や密輸、違法漁業の監視にも役立てられます。

  • ドローンとの連携:ドローンの上空通信インフラとしてドローンビジネスを支援
  • 国境・海域監視:不審船や密輸、違法漁業の監視

4.リモートセンシング:リアルタイムかつ高解像度な観測

HAPSは通信だけでなく、「リモートセンシング」分野への活用も期待されています。リモートセンシングとは、遠隔で対象物の形状や性質などのデータを取得する技術です。HAPSは衛星より地表に近く、ドローンよりも優れた航続性能を活かして、より高解像度かつリアルタイムな観測が可能です。

主なユースケース

  • 交通状況の把握:広域のリアルタイム監視
  • インフラ点検:高所・僻地の橋や送電線などの劣化や異常を監視・点検
  • 環境モニタリング:大気・水・土壌の性質や状況・気候変動などのモニタリング
  • スマート農業:農地全体の生育状況をモニタリングし、最適な農薬散布や水やりを支援

5.災害時の緊急通信手段として

地震や台風などによって地上の通信インフラが破壊された場合でも、HAPSを緊急展開すれば、広範囲にわたる一時的な通信網を構築できます。ドローンや救助隊との連携にも活用でき、救助活動や避難誘導時の通信手段として貢献します。

  • 災害時の通信網復旧・緊急インフラ確保
  • 海難事故支援:救助活動・捜索の迅速化
  • 災害監視:森林火災・火山活動・地震・津波などの自然災害を監視し被害状況を把握

6.空中基地局としての活用|5G/6G時代への対応

HAPSは、今後の5G・6G時代において「空飛ぶ基地局」としても重要な役割を果たします。都市部の通信トラフィックが過密になる中、HAPSが地上の基地局と連携して負荷を分散し、通信の安定性を高めるとともに、低軌道衛星(LEO)との中継役も担えます。 参考情報:衛星やHAPSを用いる空・海・宇宙へのカバレッジ拡張|NTTドコモ
https://b5gnbsc.jp/wp-content/uploads/2024/11/20241101sem_dcmNagata.pdf

まとめ:HAPSの今後の展望

HAPSは、「衛星より近く、ドローンより高く長く飛べる」特性を活かして、通信インフラの革新と広域監視・防災の分野で新たな価値を創出するテクノロジーとして期待されています。今後の5G/6G展開や、地球規模の気候変動対策にも深く関わる可能性がある技術です。

HAPSは代替インフラではなく、地上ネットワークの補完・拡張や災害時のバックアップ、効率的な5G移行といった多様な用途が期待されています。通信衛星と地上基地局の“中間”に位置する新しい通信プラットフォームとして、将来的には、より柔軟な通信インフラの基盤となる可能性があります。

「HAPSとは何か?」という問いへの答えは、今後さらに多様な分野での活用が進む中で、より明確になっていくでしょう。

※本記事は2025年5月17日時点の情報を基に執筆しています。

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